こんにちは

あかり接骨院院長の石川明人(いしかわ あきと)です。

今回は僕の自己紹介をさせていただきます。

 

僕はこの業界には20歳から携わっているので業界歴は20年以上になります。

現在は腰痛専門の接骨院をしています。

特に脊柱管狭窄症で悩む患者さんを専門としています。

なぜ脊柱管狭窄症の専門なのかといいますと、患者さんに脊柱管狭窄症で悩む方が多いからです。

そして現在は脊柱管狭窄症専門の施術家としてこんなことができています。

 

  • 脊柱管狭窄症と診断され、手術しか快方に向かう方法はないと医師に断言された患者さんを施術の継続で手術なしで改善例20人以上
  • 旅行当日の朝ぎっくり腰をしたが、施術15分で元気に旅行に行ってきた
  • どこの施術に行っても腰痛が治らなかった患者さんを1回の施術で緩和
  • 患者さんからの紹介が毎月増える
  • 当院のゆがみ取り施術について雑誌に2度掲載された
  • ゆがみ取り施術の講師の資格を取得し20人以上のセラピストを輩出している
  • 地域の健康セミナーの講演依頼を毎年2回任される
  • ゆがみ取りを受けた事で腰痛以外も良くなってくる人がいる
  • ゆがみ取りを受けたことで体のバランスが良くなりダンスが上手くなる人もいる
  • ゆがみ取りを受けた事で慢性腰痛から解放されて元気になる人が増えた

 

僕は、今から10年以上前にゆがみ取りの施術を身につけたおかげで、

自分自身がどんどん成長とともに、患者さんの症状も緩和する人が増えていっています。

 

他にも

マッサージでは治らなかった腰痛を改善する技術が身に付いた。

痛みの原因についてより深い解剖学的、生理学的根拠に基づいた説明ができる。

 

なぜ痛みが出ているのかを根本的に説明ができ、 患者さんからも納得してもらえるようになった。

ゆがみ取りの施術の指導者として活躍できるようになった。

多数のセラピストを育てる側にもなった。

セラピストが増えるので、慢性の痛みが緩和する人が増えている。

どんどん体が元気になっていく方、体の使い方がうまくなる人が増えている。

 

という状況で毎日やりがいを感じています。

これは、僕が体のゆがみを取り施術に出会ったことと、

ゆがみは体にめちゃくちゃ悪いということを知れたからです。

 

今は、

体のゆがみを取らずして、腰痛も病気さえも治らない

というのが、僕の考えとなりました。

 

と言っても、今だからこそこんな風に成長出来たと言ってますが、

正直昔の僕からは想像もつかない成長です。

 

なぜなら、ゆがみ取りの施術に出会うまでは、

昔ながらの接骨院をしていたからです。

 

 

僕自身、20歳から外傷と言って怪我を治すのが専門の接骨院に5年間丁稚奉公して技術を学んでいました。

当時は、柔道整復師という資格を取ったら、丁稚奉公で修業を積んで、一人前になるという方が多かったですし、

それが当たり前の世界でした。

それが誇りと自信になっていきます。

 

僕の修業先の経験談は

丁稚奉公レポートでお伝えしてますので、良かったらご覧ください。

https://00m.in/Fnjos

 

結論から言いますと、丁稚奉公時代の経験は、

柔道整復師として備えたい技術をとことん身につけ、体験することができました。

当時だからこそできた宝物の経験となってます。

ただ当時はとにかく見て盗めの時代でしたから、

師匠からは、いきなり

『これやっといて』と言われることは日常茶飯事で、

できない時は怒られてました。

 

くそーーーー!!!という

その反骨精神でやってきました。

 

ここでついた精神力と忍耐力は

今でも僕の支えになっているのは間違いないです。

この経験は僕を大きく成長させてくれました。

 

接骨院の先生として

とにかく怪我を治すスペシャリストを目指して来た僕です。

 

師匠の元で何症例も難しい外傷を診て学んできたし、病院勤務の経験もある。全国大会出場レベルのスポーツ選手のケアも沢山経験した。と、自信とプライドの塊で
今まで学んだことの腕試しだという意気込みマンマンで、

開業することが楽しみでした。

 


ところが、今の接骨院にくる人のほとんどは、

腰痛とか肩こりといった、慢性痛がほとんどです。

 

そしていざ開業してみると、

『思ってたのと違う・・・』

と言う現実が待ち受けていました

 


来院数60名だったら、50名は慢性痛の方だったんです。

 

寝る間も惜しみ、冷や飯まで食わされて習得した芸術的にまで極めた包帯法や骨接の技術は・・・

全く活かされませんでした。

 


まさに井の中の蛙状態だった僕は、

世間の流れから逆光したことをしていたわけです。

 

ですが、僕はこの挫折経験のおかげで、

体のゆがみ取りの施術との出会いがありました。

 

この出会いのおかげで、
現在は、腰痛に特化した接骨院として
1ヶ月は予約の取れない接骨院、

どこに行っても治らなかった腰痛が治る接骨院

へと変化しました。

 

 

あのどん底だった僕を救ってくれたのは、、

 

ということで

 

ここから過去を遡って話したいと思います。

 

まずこのサイトでは、
僕をどん底から救ってくれたゆがみ取りのすごさを軸として、

 

腰痛とは何か
脊柱管狭窄症とは何か

 


痛みとは何か

健康について

 

情報を発信していきます。

 

ゆがみ取りの根本には、

 

生命の大原則として、非常に大事な感覚を重視しています。

 

それは、

「気持ち良かったは体にいい」

これです。

 

 

一見、単純過ぎる内容ですが、
全てがこれに尽きます。

 

気持ち悪いのは、体がゆがんでいるのです。

 

気持ちの良い感覚を常に意識するだけで、
腰痛も脊柱管狭窄症も、病気も離れていきます。

 

その体のゆがみと、腰の痛みや健康について、このサイトでお伝えしています。

 

とその前に、
なぜ僕がこのような考えに至ったのか、を

 

過去から遡ってお伝えすることで、より伝わり読みやすくなると思いますので、
ここから過去を遡って話していきたいと思います。

 

小学校4年生の時の友達のお父さんが接骨院の先生だったことが始まり

僕は、茨城県水戸市出身です。

水戸で古くからある接骨院があるのですが、

僕はそこの接骨院の子と小学4年の時に友達になりました。

 

 

その友達の家に遊びに行くと、そこは自宅兼接骨院だったので

いつの間にか接骨院がすごく身近なものになっていました。

友達の両親、おじいちゃん(院長)、親戚のおじさんと家族で経営をしている接骨院でした。

 

この時はまさか自分が接骨院の仕事をするなんて

想像もしてませんでしたが、

これが僕の今の原点の場所になります。

 

僕は、小学校4年生からミニバスケットボールを習い始めました。

接骨院のお父さん、おじちゃんと呼んでたんですが、おじちゃんは昔バスケットをしていたことから、

さらに僕と仲良くなりました。

 

小学校から高校3年の夏までバスケットボールに燃えていました。

 

中学に入ると、バスケで大きな

怪我することが多くなって行きました。

 

おじちゃんに怪我の原因を話すと、その度に怒られてました。

 

怒られながらも

バスケが上手くなるコツから、バスケで怪我をしたときの対処方法、

そして、僕自信が怪我をした時も、懸命に治してくれました。

 

そのおじちゃんの懸命な姿に、中坊ながらも、少しずつ憧れを抱くようになっていました。

 

おじちゃんに診てもらうと、

的確な応急処置と、しっかり動かない、かぶれにくい包帯固定をしてくれます。

その手順の良さにいつも目が奪われていたのを思い出します。

怪我は初期段階の処置の速さと固定力、その後のケアに掛かってます。

 

おじちゃんの手にかかれば怪我の治りが早いのも有名でした。

そして、懐の大きさが僕の精神面での支えとして助けられてました。

 

 

高校はおじちゃんの支えもあり、バスケの強いチームの特待生になれました。

でも、体ができていないので怪我がさらに多くなっていました。

 

怪我をしても痛くないフリをしていないと使ってもらえません。

使ってもらいたいから、とにかく陰で泣きながらも毎日辛い練習に耐えていました。

 

すると、足首の捻挫を何回もしていて、足首の靭帯が伸びきっていてクセになってました。

 

その足首をかばっていると、今度は膝が痛くなってきました。

 

その足首と膝をかばっていると、今度は腰が痛くなってきました。

 

それでも練習、試合には出たいので、とにかくおじちゃんの接骨院に通いまくりました。

練習休めと言われても、

休みませんでした。

なぜなら、

僕は、怪我をしてもやるのが一流選手。

と勝手な解釈をしてバスケットをしていたからです。

 

今言えるのは、怪我をしない体を作る選手は超一流だってこと

なぜあの時おじちゃんは練習を休めと言っていたのかの意味がよくわかりました。

 

 

結局は最後は全身ボロボロの状態で引退しました。

 

大学に行ってバスケットを続けたかったですが、体のあちこちの状態を見ると、

大学行っても練習にもついていけないだろうな、と感じ

 

バスケをスパッと諦めました。

浪人して今度は勉強に人生を費やそうと思いました。

 

予備校に通いながら、高校OBの社会人バスケで少し体を動かす程度のバスケットはしていました。

 

でも情熱は今までほどはなく、将来に対しての不安ばかりが頭にありました。

 

その後自分の人生どうしようと露頭に迷っていた時に、

 

おじちゃんのことを思い出したんです。

今度は、自分がみんなのおじちゃんのような存在になって、困っている人に恩返ししていきたい

と思ったんですよね。

 

そこから、友人を通じておじちゃんとおばちゃんに事情を話し、

 

この道に入ることに。

この時はおばちゃんの方が全面バックアップしてくれてました。

 

これが僕の柔道整復師の資格を取るスタートになりました。

 

埼玉にある接骨院で丁稚奉公で過ごしたこと

丁稚奉公、今はあまり聞かない言葉ですね。
僕が目指すことになった柔道整復師になるために、僕が20歳の時、2000年の始まりくらいまでは、
徒弟制度と言って、
弟子が師匠から技術を見て盗むと言うことがまだ残っていました。
その際、給料は微々たるもので、住み込みで働くというものでした。

 

そして僕自信それをするために、
先に話した接骨院の紹介で埼玉の接骨院で修業することになったんです。
当時は今のようにインターネットもなく、専門的な情報収集はほぼ不可能でした。
学校でまだ習ってないことが現場では行われていきます。
見て盗め、という時代だったので、
師匠に医学書の本を借りても書いてある内容がチンプンカンプンでした。
常に緊張状態の中で修業し、
結果、5年間接骨院にいました。
そこでは怪我の見方や治し方、
固定の仕方を勉強させていただきました。
とにかく何もかもが経験と勉強の毎日で、自分自身でも成長を感じました。

 

このことがあったことで、人生の壁にぶち当たっても乗り越えていく精神力もついたし、
もちろん技術と頭の使い方もめちゃくちゃ学びました。

 

知識も技術も人格も素晴らしい師匠でしたし、
今でもこの業界の第一線でご活躍されてます。

 

ですが、
正直キツかったのが本音です。
でも、将来成長しよう、立派な治療家になろう、というビジョンの方が勝っていました。

 

とにかく、必死に、どんなに辛いことでも成長のため、
立派なおじちゃんのような治療家を目指して、
脇目もそらず頑張ってきました。
そのおかげで、外傷の対応スキルを基本から応用までしっかり身につけることができたし、
これは今でも僕の柔道整復師としての大きな自信になっています。

専門学校卒業と国家試験合格そして柔道整復師の免許取得

専門学校は3年で卒業、無事に柔道整復師の免許が取得できました。

 

その後はいよいよ本格的に資格を生かせるようになります。

 

つまり、骨折や脱臼の整復ができるようになったと言うことです。

 

4年間師匠の元で助手として学んできたことを今度は僕が実践していく時がやってきたわけです。

 

喜びも束の間、早速怪我の患者さんが来ると、

 

師匠「みてきたから分かるでしょ」

という一言で、肩の脱臼をしてきた患者さんの整復を任されました。

 

やばいも何もありません。

 

目の前に痛がる患者さんが待ってるわけです。

 

手に汗を握りながら、整復方法を思い出しながらイメージつけて、
整復に取り掛かりました。

 

これが僕の初めての整復になりました。
当時の動画がありますのでよかったら見てください。

 

ここからが始まりで、大きな骨折以外は、ほぼ僕に任せられるようになりました。

 

そして、僕の後から後輩達も入ってくるので、その子達への指導業務も増えてきました。
新しい後輩も数人入り、僕と同じく資格取得したら一人前となり、
後輩たちも整復するようになります。

 

そんな時、僕も先のことを考えるようになりました。

 

このままここに居ていいのだろうか。

 

もう少し怪我の患者さんがみたい。
勉強したい。

 

この思いから僕は、丁稚奉公を卒業しようと決断したのです。

 

そして怪我をより多く見れる整形外科への転職を決めたのです。

 

5年間の丁稚奉公卒業と新たなスタート

決断したら迷いなく行動する僕なので、

すぐに師匠に辞めることを告げました。

すると、

師匠「ああそう、次は決まってるの? 決まってないなら早く決めなさい。

その前に、拡大研修会で発表してもらうからレポートを提出するように。

テーマは自分で決めなさい。ただでは卒業させないから。」

という返答が返ってきました。

 

そのレポートは「スポーツ選手の足首の捻挫の早期運動復帰」について書きました。

 

師匠からも納得してもらって、ほっとした瞬間でした。

そんな訳で、無事に師匠のところを卒業しました。

 

合間で次の転職先も探しました。

そして、埼玉県の所沢にある整形外科と縁があり、

そこに就職が決まりました。

 

そこに決めた理由は、

柔道整復師でも骨折や脱臼の整復をさせてもらえるからです。

 

この時も目指すところは外傷のスペシャリストでした。

 

師匠の背中に追いつくには、経験数を倍にするしかない!

その経験値を上げるには助手ではなく、施術者として骨折脱臼を扱うこと。

そして当たった治療に全面の責任を負うこと。

また、治療家として一皮向けた時期でした。

 

実際働いてみると、接骨院以上に患者さんの来院数も、

怪我の度合いも激しかったです。

 

すげーーーーの連続でした。

接骨院時代とは違った世界が待っていたのです。

 

分からない時はドクターに教えていただくこともできました。

ドクターの診断や処置、対応を見ていると、

かっこいいなとか、医者ってすげーなって思ってました。

 

整形外科4年間在籍して学んだことと新たな道で待ち受けていた試練

修行時代から転職をして、あっという間の4年間。

 

この間に100症例以上の骨接ぎを経験させてもらいました。

 

この間、手術になってしまった骨折や脱臼もあります。

接骨院じゃ限界があることももちろん肌身で感じました。

そして、限界を知ったことで、接骨院で受け入れることができるレベルの骨折かどうか、

病院へすぐに送ったほうがいい状態かどうか、怪我だけで判断していいものかどうか

こういった判断力も磨けました。

 

そして、自分の腕にもさらに自信がついてきました。

これは現在の仕事の場でも大きく活かされています。

 

その後、今後自分で開業することを目標に、マネージメント能力をつけようと思い

次なる経験値アップのために転職しました。

 

チェーン展開している整骨院で働くことにしたのです。

 

そこでは井の中の蛙だった僕に新たな困難がやってきました。

 

それは、人間関係です。

 

これまで働いた環境というのは、多くて整形外科での30人未満のところです。

その院は、全部で7店舗をもつチェーン展開をしている会社でしたので、7店舗に配属されたスタッフが

それぞれ6名前後いるので、50人前後のスタッフをまとめることに。

そのスタッフ間で運営の一致団結、いざこざの解決、売り上げアップ、技術指導、といったことを

していかない立場となりました。

 

教えても伝わらないもどかしさ、

話がまとまらないもどかしさに、

感情的になりやすい僕はとどまれずにイライラを態度に出してしまったことも数え切れないほどあります。

 

その度に反省しては、

やる気、気合い、根性、技術だけじゃうまくやってけないんだと、

ここで初めて分かりました。

 

 

その後、この経験を経て開業の道へとスタートすることにしました。

開業してから気づいた世間知らずと僕の人生を大きく変えてくれた素晴らしい出会い

ここまで僕が接骨院で仕事をする理由について話してきました。

 

ここからようやく僕の人生を大きく変えてくれた出会いがやって来ます。

 

その前に、僕が開業するきっかけを話します。

僕が、柔道整復師の免許を取得したあと、丁稚奉公時代の師匠の勧めで

柔道整復師の教員免許を取得することになりました。

 

そのため専門学校に通いました。それには2年かかりました。

無事に教員免許の試験を突破し、教員になりました。

ただ僕は教員になる気持ちはなかったので、特に教員の道へが進みませんでした。

 

僕の目標は開業して自分の治療院を持つことだからです。

 

その後、その学校で知り合った先生からオファーがあったんです。

「石川くん開業してみない?」と。

 

その先生は、家族で接骨院を経営していることで、すでに経営者でもあります。

 

思いも寄らないオファーでしたが、これは大きなチャンスだと思い、お受けすることにしました。

おかげで何から何まで完全バックアップで開業することができました。

 

スタッフも勢揃い、テナント、設備も完璧です。

何不自由ない状態でした。

これが僕が開業することになった経緯です。

そんな恵まれた状態でのスタートで、患者さんも足を運んでくれました。

 

でもなぜか腑に落ちないものを日々感じるようになってきたのです。

 

それは、怪我の患者さんが来ないのです。

 

「先生、今日はここの腰のところが痛くて」

「今日は肩が痛くて」

 

このような訴えの患者さんが多かったんです。

 

今まで自分が経験してきたことが生かされない。

という、プライドでガチガチに固まった考えが邪魔をして、僕の理想像はどんどん崩壊していきました。

 

言われるがまま、痛い場所を手当てしてマッサージしてということを

なんとかやりました。

 

でも翌日には、

「先生また同じところが痛くて、、、」

 

と訴えるのです。

 

こんなことが続くと、これはまずい、手に負えない、こんな堂々巡りなことをしていても、

患者さんは良くならないし、意味がない。。。

 

と思うようになってきたのです。

 

どうしよう、何もできていない。

 

と不安に襲われる中、

 

大きな救いの出会いがあったんです。

 

それが現在当院でメインで行っている施術、ゆがみ取り施術の指導者である医師との出会いです。

 

この出会いから一気に自分の考えが変わっていきました。

 

僕を大きく変えてくれた鹿島田医師との出会い

 

出会いは、再会とってもいいですね。

僕が専門学校で一般臨床医学の授業を教えてもらっていた先生との再会がきっかけです。

名前は鹿島田忠史ドクターです。

 

専門学校時代のクラスの同級生が、鹿島田先生から慢性症状の患者さんに適した施術を

習っていることと、もし良かったら一緒に学んでみないかという誘いを受けました。

 

ちょうど僕が迷っていたタイミングだったので、

それだったら解決するきっかけになるだろうとアドバイスをもらい、学びがスタートしたのです。

 

 

鹿島田先生は当時、すでに教員は引退されており、

自宅兼診療所で、内科と癌の患者さんの治療にあたられておりました。

 

そして技術の勉強会も、その場所で行われています。

 

特に衝撃を受けたのが、癌の患者さんの治療の一環として、ゆがみ取りの施術を導入していることです。

癌とゆがみ取り?!

と一瞬考えてしまいましたが、

鹿島田先生からは、ゆがみ取りをすることで体の免疫力がアップし、癌の治療成績も上がるということを話してくれました。

 

当時は全くの無知識の僕だったので、驚きしかなかったのですが、

学んでいく中で、そうだったのか!と学ぶことがどんどん楽しくなっていきました。

 

体のゆがみと病気は切っても切れない一番根っこの部分であることが本当によく分かりました。

 

冒頭でもお伝えしましたが、ゆがみ取りを学ぶ上で、

最も重要な生命の大原則があります。

 

それは、

『気持ち良かったは 体にいい』

 

これです。

 

気持ちが良いという感覚をスルーしてはいけないんです。

じっくり味わう、それが体のゆがみを解消し、

健康を作るんです。

 

たったこれだけですが、

これを知らない人が多すぎる。

 

体のゆがみを放置するのは危険なんだ!

 

このことが頭から離れなくなりました。

こんなに重大なことを知らない人が世の中のほとんどだろうなと思うようになりました。

 

それを聞いたら発信していかなければいけないという責任感が芽生えたんです。

 

正直、今まで来ていた患者さんは、ほぼマッサージを受けにきていた感じでした。

 

マッサージを目的とした患者さんは、つまり慢性腰痛だったり、慢性肩こりだったりするわけです。

 

そのような症状の患者さんには、僕が学んでいるゆがみ取りの施術がピッタリです。

 

なぜならゆがみ取りは、根本的な痛みの原因をとっていく事ができるからです。

 

そこから僕はとにかく勉強会で学び、接骨院では施術の実践を繰り返してきました。

ただここで大きな問題が出てきました。

 

 

その問題とは、、、

 

慢性症状であると、健康保険が使えません。

 

なので、自費での治療がメインとなってくるわけです。

そうなると、今まで保険でマッサージを受けに来ていた患者さんには、

 

もう保険が使えないことをお伝えすることになるわけです。

けれどもこれは仕方がないことです。これが決まりですからね。

 

今まで保険で安くマッサージが受けられるといった感覚でこられた患者さんには、自費になってしまうことをお伝えし、

それでも施術を受けていただける患者さんだけが継続という状況になりました。

 

もちろん、これで患者さんは一気に減りました。

 

でも、接骨院にくる患者さんは、

慢性の症状の方が多いこと、

慢性の症状に保険診療できないこと

 

この大きな条件をクリアするためには致し方のないわけです。

内心、患者さんが減ることへの不安はめちゃくちゃありました。

不安しかなかったです。

 

ですが、徐々に理解してくれる患者さんが増えてきました。

 

そして、ゆがみ取りで慢性症状の患者さんの症状が回復していくという結果が出てきたのです。

 

以前までは解決できない問題だったものが、

解決する方向へ変わってきたということに、手応えを感じるようになったんです。

 

すると、よくなってきた患者さんから、その友達を紹介してくれたり、家族を紹介してくれたりと

紹介の患者さんが増えてきました。

 

 

患者さん自身も、自分の症状を改善しようという意志が高い方が多くなり、

僕自身責任重大であり、もっと勉強しなければという意欲もどんどん高まっていきました。

 

この状態になれたのは、僕も心から望んでいたことです。

ゆがみ取りの技術を身につけることができたこと、鹿島田先生との出会いは、

僕の人生の大きな転換期になりました。

 

今も勉強会に参加し、勉強中は先生から医学知識の質問責めに合ってしっかり絞られますが、

最高に楽しいです。

腰痛を治していたら体質改善していく患者さんが続出中

 

現在当院は腰痛専門、特に脊柱管狭窄症の方に特化した接骨院をしています。
なので、腰痛の方が多いわけですが、
実際施術を受けていただくと、
腰痛だけじゃない部分もよくなっていると報告してくる方が続出しています。

患者さんがふと話してくれるんです。

先生、この前ね内科に行ったんだけれども、〇〇が良くなってるからどうしたのって驚かれちゃったのよ。多分ここにきてるせいじゃないかと思うんだよね。

といったことが結構あります。

 

患者さんから報告いただいたことで多いものをまとめてみました。

  • 内科の数値が良くなった
  • 便秘、軟便が減った、楽になった
  • 生理痛が減った
  • 痩せた
  • 蕁麻疹が落ち着いた
  • 血圧が落ち着いてきた

 

これは僕の師匠である鹿島田先生が話していた、

『ゆがみ取りすることは、体質改善にも効果を発揮する』

ということを思い出し、そのことが確信に変わったんです。

 

なので、腰痛で通っていた患者さんは、腰痛予防はもちろん、

 

それ以外に、病気予防、体質改善を目的として通う方が本当に多くなりました。

 

船橋の二和向台で10年以上接骨院をやってきて

 

僕は船橋の二和向台で10年以上やってきてます。

 

やっぱり患者さんの症状で多いのは、怪我よりも腰痛だったり肩凝りで悩む人が多いです。だからこそ腰痛に特化してよりゆがみ取りの技術も、そして、ゆがみ取りのすごさを広めたいという気持ちはますます高まってます。

とはいえ、広まっている感覚はまだまだと言った感じでを受けてます。

 

これは僕の実力不足だし、もっともっと発信していかないといけないと思ってます。

なぜなら、ゆがみ取りはとにかく体にいいからです。

 

この施術の根本である、生命の大原則

「気持ち良かったは、身体にいい」

 

全てはこれに尽きる、これさえ日々実践できれば、

 

あらゆる腰痛、病気さえもなくなるだろうとさえ

考えてしまうほど、

重要な原則ですし、

 

僕自身、この原則に感銘を受けて学びつづけています。

 

どういった治療をしているのか

ゆがみ取りは、スパット療法という名前でやっています。

体のゆがみを取ったのちに、その状態を維持させるために、

軽く矯正をします。

 

でもよくある背骨をぼきぼきするような施術ではありません。

先に話した、生命の大原則

「後が気持ちいいは体に良い」

この気持ちよさを引き出すための手技を行っていきます。

 

骨をぼきぼきバキバキする必要なんてないんです。

気持ちいいですけど、体には危ないですからね。

ちなみに当院では機械は全く使いません。電気を使うといざ電気が使えないときに施術できません。これは一番僕が恐れていることです。

電気が使えなくても腰痛はしっかり出てきますからね。どんな時でも腰痛を激減させること、これが僕の信念の一つです。

 

患者さま一人一人のお身体をしっかり拝見して、その方にあった施術をしていきます。

 

時に、体のゆがみが原因でない痛みの方ももちろんいらっしゃいます。

その場合は、ゆがみ取りじゃをなく、筋膜リリースと言って、全身の筋肉のゆがみを整えるだけのこともあります。

 

骨格が整った状態を維持できる体に変化できたら、あとはご自身に合ったセルフケアで、体はどんどんよくなっていきます。セルフケアの方法を一緒に探っていくことも、施術の一環です。

 

そして僕自身腰痛で苦しんだ過去が数えきれないほどあります。

ちなみに僕は腰が悪すぎて腰に毛が生えています。毛の働きは大事なところを守る働きがありますよね。

ですが、現在は体の原理原則を学び、ゆがみ取りを実践してるので、

いざぎっくり腰をしても仕事を一日も休んだことがありません。

これは僕の人生の中での数少ない自慢の1つです。

 

特に得意分野は脊柱管狭窄症の施術です

 

これも単純に、腰痛の中でも特に脊柱管狭窄症の患者さんが多いからです。実際に診断されなくても、ゆくゆく脊柱管狭窄症になっちゃうんじゃないかって方もいます。

 

実際に、脊柱管狭窄症と診断されている患者さんに骨格矯正をしたことで、手術レベルの痛みを緩和させた経験は何例もあります。

なぜなら、脊柱管狭窄症の原因は、体のゆがみだからです。

 

そして、ゆがみを引き起こす原因となっているのは、日常生活習慣です。

 

そして、僕が行っていることは、骨格のゆがみを改善するためには日常生活習慣からの改善とその方法をお伝えし、脊柱管狭窄症を自分でも改善できる方を増やしていくことです。

 

僕の理念、目標は腰痛をこの世から消し去りたいこと

 

これは僕が柔道整復師になった時から人の痛みを一日でも早く、元の通りに戻すことを使命としてきました。

その中でも特に腰痛の患者さんが多いことを知りました。そして腰痛の患者さんを楽にしたいという思いが強くなりました。

 

耐えない腰痛の患者さんを激減させること。これが僕の強い願いです。

 

腰痛が緩和してくるとともに得られるものとは?!

 

最後に、これも僕が10年以上腰痛緩和することに特化してきてわかったことですが、からだのゆがみ取りを継続していくと、腰痛も改善するし、さらに身体の中身もよくなっていきます。

 

なぜなら、身体のあらゆる不調はゆがみが原因だからです。

不調の原因、骨格のゆがみを整えると、腰痛だけじゃなく健康な身体を作ってくれます。見た目も中身も健康な状態を手に入れることができるんです。

 

腰痛になったからといって落ち込むことはありませんよ。僕にお任せください‼︎

当院では、サイトではお伝えしてない情報を

YouTubeで話しています。

YouTubeはこちらからご覧いただけます

 

【船橋市二和東の施術場所】

・新京成線二和向台駅より徒歩2分 駅近で便利です。
・JR津田沼駅から歩いて5分にある新京成線新津田沼駅から二和向台駅まで20分

・駐車場は近隣コインパーキングをご利用ください

【お問い合わせ】

腰痛専門あかり接骨院 

0497-498-9399 メールakito.ishikawa@gmail.com
住所 〒274-0805 
千葉県船橋市二和東5-22-17日商ニューハイツ101号室
※場所がわからない時はお気軽にご連絡ください!
二和向台の駅を背にして直進
② 左側にピザーラを見ながら通り。
  ③  BOSSの自販機を右に曲がり。
④  建物入り口になります。
⑤  入って右側になります。
マンションの一階の一室にあります。
ベルを鳴らさずご自由にお入りください。
先に患者様がいらっしゃることがありますので、
待合室でお待ちください。
  【お問い合わせ】
腰痛専門あかり接骨院
0497-498-9399
メールakito.ishikawa@gmail.com
※場所がわからない時はお気軽にご連絡ください!
住所 274-0805 千葉県船橋市二和東5-22-17-101
ブログランキング応援よろしくお願いいたします!
人気ブログランキング